Notícias

電気工事の企業を目指す鶴見の日系ブラジル人

Roberto Tadao Nakano・中野 惟雄 氏

ブラジル・サンパウロ州生まれの53歳

 

彼は、1993年1月頃30歳で来日した。ブラジルでは専門学校や理科系の大学で学び一時、銀行にも勤めたが、生業にするには至らなかった。母国ではなかなか思うような職に就くことができなく、悶々とした日々を送っていた。そんなある日、日本に働きに行っていた友人の誘いかかった。その友人は、ブラジルに一時帰国していたわけです。友人の勧めで、彼は日本に働きに行く決意をした。この時、彼は30歳であった。当時日本では「入国管理法」が改正されていて、ブラジルからは多くの日系人が日本に働きに来ていた(出稼ぎ)。両親の反対もあったが、出稼ぎの決意はそうした時代背景が後押したといえる。いくばくの不安はあった1月の日本は、予想した以上に寒かった。

Read More

ページ